大きくネタばれ。そして毒を吐きます。ご注意ください。
昨日、映画観てきました。
どうも原作を読んでいない人にはわかりにくい部分が多いようですね。
私は原作を読んでから観たので、そう難解なところは少なかったのですが、逆に原作を知っているからこその、はがゆさというか、苦々しさ、どうにもすっきりしないものを多く感じてしまいました。
私は、いわゆる「原作派」ではないつもりです。読んだときそれほど心に響いたわけでもありませんでした。
ですので、原作を読んだときの感想が、「これを映像化したら、きっと楽しいはず!本よりきっとアニメが面白くなる!」というものでした。
「動く城」の絵はとてもきれいでした。マイクル、カルシファー、荒地の魔女などの描き方もとても良かったと思います。アニメならではのコミカルな表現もとても楽しめました。声優さんたちも雰囲気をつくりだしていたと思います。
納得できなかったのは、「戦争」という設定。何の意味であんな設定にしたのか?戦争という設定を組み入れることでこの作品にある種のメッセージ性を生み出してしまいます。その時点で相当の覚悟が必要なはず。なのに、描き方が中途半端。どう考えてもああいう設定が必要だったとは思えない。必然性がない。
そして、「ハウル」のキャラクター設定。
アニメでは「気弱な魔法使い」(でしたっけ?)という設定のようですが、原作を読む限り、ハウルは決してそんなイメージじゃなかった。気ままで、自分勝手で、つかみどころがなくて、マイペースで、ナルシストで、急に転がり込んできたソフィーを歓迎するでもなく、追い返すでもなく、あるがままを受け入れる、でも自分は曲げない。そんなハウルにソフィーは振り回され、頭にきたり戸惑いながらも憎むことができず・・・・ハウルが毎日女の子のところにおしゃれをして通いつめる様子にやきもちを焼く・・そんなソフィーがとても可愛かったのに。
原作のイメージをこわさないでとか、そんな野暮なことは言わない。面白ければ、それでいい。原作と別物であっても、納得できる設定であれば、さらなる楽しさを感じさせてくれればそれで良いと思う。でもどう考えても中途半端だった気がする。終盤の、ソフィーのタイムスリップのくだりの種明かしを、今日職場の友人に教えてもらってようやくわかったのですが、これも、今話題の別作品とあまりに似ていて少し興ざめ。変に小細工せず、すんなりふたりの恋を楽しく描いてくれたほうが、親近感がもてて良かったのでは。ソフィーの顔がころころ変わるのも理解に苦しんだ。
期待が大きすぎたのか、やっぱり原作を読まずに観るほうが良かったのか・・・・。ちょっと残念。
姉妹編を読んで、ジョーンズ作品の魅力がわかりかけてきたところだったので、なおのこと残念でした。